FACTBASE

『中学生レベルのテストに合格しなければ意見が書けない』というルールは健全か?

FACTBASEは『中学生レベルのテスト』に合格しなければ議論に参加できないという制限が設けられています。はたしてこれは『不毛なネットバトル』をやめて『有意義な議論』を生むのに必要な措置なのでしょうか

一種のふるいとして機能している、という面ではかなり良いと感じました。 ただ、学力が議論をする能力に直結するとは考えにくい、というのが難点だと思います。では、どうやって議論をする力を測るのかとなると、これも明確な答えは出せません。 有効性の面で疑問は残りますが、モデルケースとして発端とするには最適だと思います。

個人的には最っっっ高だと思いました。 というのも議論は適当ではなく色々なことを考える必要があります。まず議題は色々な意味で解釈できすぎてしまわないか、それに気づかずに曖昧なまま議論を進めてしまわないか、他の人の意見を課題解釈してしまわないか、内容のエビデンスは適切か、覚えていないことや知らないことはちゃんと調べてから議論する事ができるか。 あのテストに合格できない人は上記も適切に行う事ができない可能性が高いと思われます。Twitterなどで無駄に炎上しているのはそういったところでしょう。しっかりと考えて議論をしている人達が、そういった人たちに振り回されて不要な説明を繰り返さなければいけないのは参加者全員にとって時間のムダで、議論ができる様々な場所で一番の問題になっている部分だと思われます。 その問題をある程度排除できる可能性があるこの施策はまず一つの試みとしては非常に良いと思います。

賛成です。議論をする為の土台が無いのでは、話すだけで時間の無駄なので。 もっと難しくても良いかと思います。それか日本語の問題を増やした方が、良いかと思います。

この篩は、学力の低い人を排除するというより、複数アカウントをとってあらしをするような人を排除する仕組みとして健全で適していると思います。 ただし、健全な議論をする能力を問うている問題だとは思っていません。平均の計算ができるかいなか等は、教科書の公式さえ覚えられれば本質を理解しなくても解けてしまう問題だからです。 たとえば、統計データを見せて、データから読み取れる事実を問う、140時程度の文章を渡して読み取れているか問う(『AI vs 教科書の読めないこどもたち』に乗っていた問題が良い例だと思っています。)などの問題が出せたら良いなと思います。

サービス制約として目新しく、何よりも面白い。登録後のユーザーアクションも伸ばしそうな秀逸な制約。 ルールが健全かどうか? だと、4問のランダム設問だと得意不得意もありそうなので運要素が大きい気もしている。ので、本当の意味でのスクリーニングになっているかどうかは怪しい。けど、正直それはどうでも良い。

肯定の理由は2点。 ①ハードルを設けること自体に効果があるから。 例えば公園でも「鳩に餌をやらないでください」と看板を出している公園と、何も出していない公園とでは、心理的に餌のやりにくさが変わる。 このサイトのハードルは、「秩序を荒らさないでおこう」といった心理的障壁として働く。 ②「選ばれてる感」が出るから。 コミュニティの作り方の重要なポイントは「メンバー自身が、自分が選ばれた存在であると思えるか」である。人間はふるいにかけられて選ばれることに大きな喜びを感じる。このハードルはこのような効果を生み出している。

議論をするにはまず相手の意見を理解し、自分の意見を言語化する能力が不可欠です。 中学生レベルの問題文を理解して適切な答えを導き出せたなら、その能力は概ね期待できると言えます。 「国際成人力調査」という24カ国で15万人以上を対象にした知能の調査があります。 例えば「こんな内容の本を探せ」と言って図書館のデータベースにアクセスさせて、その本のタイトルを当てるというような、至極簡単なテストです。 その結果、30%以上もの大人が文章を正しく理解できないということが分かりました。 Twitterなどで陰謀論や感情論を振りまく人々の中には、日本語がおかしい人を散見します。 このテストは、そういった層を「ある程度」足切りする効果が期待できると言えるでしょう。 テストの難しさは参加敷居とのトレードオフなので、サービス運営の視点ではさじ加減が難しいところですね。

肯定、サービスの根幹としては賛成です。 デメリットとしては、気軽でないと議論が活発化しないことです。 要は活発さと治安のバランスかと思いますが、factbaseはやや治安よりすぎて、今後活発になるか、また規模としても有意義な議論として社会に変革をもたらすことができるかは疑問です。 活発化に必要なのは、文字数制限や、ツッコみたくなるようなコメントが日常的に目に入るかどうか、サイトそのものが「居場所」になるかどうかかと。 また、少し話は変わりますがテストを受けてみて。 若年者はもちろん、壮年の人でもニュースには関心が高いけど義務教育の内容をマトモに覚えてなかったり、ファクトチェックのリテラシーが無く、そのために誤ったニュースや風説を真に受ける人も多いので、 自分も含めて「ここは欠けてるな」と思う部分が復習できる場がインターネットにあると便利だなと思いました。

何を聞かれているかを理解して、それに回答するという議論をする上での最低ラインが確認できるいいシステムだと思う。

議論は知識レベルが同じか自分以上の相手とする事で学びがあります。ですから、あまりに知識レベルが離れると一方的な知識の提供になってしまい、議論ではなく「教育」になってしまいます。

賛成です。 議論には主観でなく客観的に判断する能力が必要と考えます。 文章を何通りに解釈できる国語力が最低限備わっている方ですと、質問内容やコメントに何通りかの解釈をすることができると思います。 健全な意見の場になったら面白いですね😁

バカなやつはふるいに掛けて健全にするのは正しい判断だと思う!!

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